観測史上にも残る台風が過ぎ去った関東 信じ難いような強風が吹き荒れた夜が明けた朝、 彼女はもうここにはいませんでした。
 瞳の遥か奥か、助手席で教えてくれた訪ねる度に変わる行き先か、 わずか一夜でどこかとても遠く、森の中へ。 あるいは森、そのものに。 
彼女が病院の中で描いたスケッチ、言葉、 電話で断片的に伝えてくれた遠い場所の冒険記。 統合失調
 病院の4階、カードキーで扉の向こうの森に、僕は結局一度も入ることはできませんでした。 
手紙を何通か渡し、さらに大きな台風が一度やってきて、数ヶ月。 病気のことは知らなかったとはいえ、再発の原因の一端は自分にあったのだと思う。 いつからか自分も眠ることができなくなり、心療内科やクリニックに足を運び薬を飲み、すがるように夢を見る日々が訪れたのです。 
皮肉も僕もその鬱蒼と茂る草木の中に足を踏み込むことで、何かを共有することができたのかもしれません当たり前のことが当たり前であるための日々は、それぞれの理解と思いやりの相互作用で形成されたわずかに境界線が引かれた際だと改めて気がつきました。
 そしてどんな平穏な日々にも草木が支配する世界は確かに存在し、また自然界の森が多様な生態系を育むように、心の中の森もきっと必然性があって生まれたものだと思います。 
木々に隠れて姿は見えなくても必ず声は届いている。 やがて長い旅を終えた者にしか語れない、土産話を聞かせてくれると思います。

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